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三上洋右

家  庭 峰恵子夫人と2人暮らし、長女峰貴子は結婚し孫が2人
趣  味 読書、易学、姓名学、ゴルフと多彩な趣味の持ち主。中でも姓名学はプロ顔負けとの評価をいただいています。
好きな言葉 「敬天愛人」(天を敬い人を愛す)
「積善之家必有余慶」(積善の家には必ず余慶あり)
著  書 「この指とまれ」
「−この指とまれ−人生と運命」
「−この指とまれ−宿命への挑戦」
「権力と富の分配」
「幸運を呼ぶ名づけ方」

生涯の歩み

昭和20年11月10日 青森県北津軽郡中里町(現:中泊町)生まれ。
青森県内潟中学校卒業後、中里営林署で山仕事に従事。

昭和40年5月、19歳で青雲の志に燃え札幌市に移住。
24歳で(株)日天タイル工業を興し代表取締役に就任(平成6年退任)。社業のかたわら、青少年育成委員、町内会長、東月寒中学校PTA会長、民生児童委員、ライオンズクラブなど数々のボランティア活動に参加。

昭和58年12月、町村信孝元官房長官が衆議院議員選挙で初陣を飾った際、豊平区連合後援会幹事長として当選に尽力、以来、町村代議士門下となる。

昭和62年4月、札幌市議会議員選挙に初挑戦したが、7663票で惜敗。
平成3年4月の選挙で見事雪辱を果たし初当選。以後7回連続当選。
7回目の選挙の得票数18,072票は、札幌市議選において全区でトップ。
この間、市議会で建設委員長、環境消防委員長、税財政・地方分権調査特別委員長、市議会自民党幹事長、議会運営委員会委員長、石狩西部広域水道企業団議会議長、市議会日韓友好議員連盟会長、自民党札連会長、第29代札幌市議会議長、北海道市議会議長会会長、北海道後期高齢者医療広域連合議会議長、市議会観光議員連盟会長、自由民主党北海道支部連合会副会長などを歴任。

現在は、札幌市議会自由民主党議員会会長、さっぽろ自民党(自由民主党札幌市支部連合会)顧問、札幌市議会日台友好議員連盟会長、札幌市議会防衛議員連盟副会長、札幌市私学振興議員連盟会長、札幌市私立幼稚園振興議員連盟会長、豊平区少年野球育成会会長、札幌女子サッカー連盟会長として活躍中。

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